コラム

CSRのポジション(2004.10.21)

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誠実な企業経営


大久保

企業がCSRを掲げる前提には、誠実性があってはじめて言及ができるのではないかと思います。最近、「うちのコンプライアンスは完璧です」といったことをよく耳にするのですが、本当にそれで完璧で、個々のステークホルダーも納得しているかについてはちょっと疑問に思うのですが、会長は、その点についてはどうお考えですか。


小林

それはそのとおりかもしれません。しかし、あえて言うと、パーフェクトな企業がどのくらいあるかというとなかなか難しい。なおかつ、企業をCSR的に評価をしたときにパーフェクトでも、経営者や管理者がパーフェクトであるかどうかというのは必ずしも一致しない場合も随分ありますよね。

顔写真

大切なことは、CSRというのは何なのか。それから、別にトリプルボトムラインでなくたって、4つだって、5つだっていいわけですけれども、そういった企業の経営全体に絡んで、企業の経営の本質というものをどうやって担保していくのか。それぞれの企業の業種や、大きいか小さいかという特殊性もあるし、地域との関係もある。企業経営をトータルとして考えたときに、中身はやっぱりみんなそれぞれで、どれがパーフェクトとかは言えないのではないでしょうか。それと、「CSRの議論をする前に、もっと基本があるのではないか」というお話、それは非常に重要な指摘であると思います。大久保さんは誠実性とおっしゃられましたが、家庭の中でも社会に出てからも、どういう倫理感がいいとか悪いとかを超えて、そういう感覚が非常に希薄になってきていることがあると思います。そういう中で、黒、白、どっちかはっきりしたものを好むという世の中の風潮があって、いろいろなプロセスはどうでもいいではないか、結果が出ればいいのだ、という議論になってしまう。

「企業にとって結果とはもうけることであって、極端な話、2~3年いい結果が続いているものなら、プロセスはいいに決まっているから考える必要はない」。そういう話がある意味では歯切れがいい話だという形で通用して、持続的ではないプロセスで結果を出している企業やリーダーまでもがもてはやされる。この状態が続けば、どこかでほころびが出るということは、常識のある人は経験からすればみんなわかっていることでしょうね。

一方で経営者にとっては、「君の責任で株価が下がった」とは言われたくない。ですから、短期的に利益は出さないといけない。そういった中で試行錯誤しているうちに、中のプロセスそのものがおろそかになってしまって、結果として「あの企業がそんなことをするはずがない」というような不祥事につながったりするのです。

基本的なところをきちんと、まさに会長、社長を含めて組織全般にわたって倫理観についての教育というものをやり直し、継続していくということが非常に大切なことだと思います。


CSRの規格化の是非は


大久保

その黒白の世界における一つの象徴が、ISOによるCSRの規格化だと思います。会長がおっしゃったようにCSRが企業経営の中核であり、活力の源泉であるとすれば、CSRの規格化によってその活力を箱に押し込んでしまうことになりかねません。そのあたりの矛盾についてはいかがでしょうか。


小林
顔写真

これは本当に大きな矛盾ですね。とはいえ、現実にヨーロッパ主義で基準づくりが進行していて、それが世界で受け容れられるようであれば、その基準が極端におかしなものにならないように日本もその場に参画して、100点とはいかずとも70~ 80点のものができるようにコミットしていく必要があるのだろうとは思います。と、思うのですが、その一方で、やはり本来の姿ではないという感は消えませんね。繰り返しになりますが、CRSというのは企業経営全体を包含するものであるわけです。あるいはカルチャーと言っても、思想と言ってもいい。戦略のすべてでもあります。本質的に、基準の類にはなじみません。ですから、一律的な基準などなくても個々の企業がCSR経営を進めるだけでよいではないかというような状況が一日でも早く実現することが極めて大切であると思いますね。持続的という視点から見れば、本気でCSR経営に取り組む企業のほうがそうでない企業よりも成果を上げるのは自明なのですから。


大久保

規格化は、CSRへの取り組みを形にこだわらせ、結果としてその中枢にある「人」の心を忘れた取り組みになってしまうという問題意義が拭えません。CSR報告書の類にしても、まず第一に情報開示すべきは「人」の心を捉えた誠実性そのものに関わる記述ではないでしょうか。


小林

そうですね。CSRをカルチャーにまでするというのは、まさに「人」の問題ですよ。カルチャーになるレベルまで人が徹底的に鍛錬されていれば、問題をオープンにすることを恥とは感じないだろうし、トップの姿勢にかかわらず透明性が高まらざるをえない。結果を見れば、そうした風土を持つ企業だけが持続的に存続できることを私は信じます。


週刊東洋経済 臨時増刊 環境・CSR経営 2004年9月8日号 掲載